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2012年5月10日 (木)

2012小論文入門④

 

③へのコメント。
第1、2段落で、自分の好きな場所、そこから見えるものについて、丁寧に描写することが出来ている。変わった場所だからというわけではないが、自分だけのこだわりの場所を示しているのも良いのではないか。なにより、先を読みたくなる感じが、心地好い。第3段落は、どうしてその場所が好きかを述べているわけだが、視覚情報だけでなく、聴覚や嗅覚についても触れているため、リアリティが増している。また、他者から見た自分の存在を描いているのはとくに注目したい。全体として、ほとんどが描写なのだが、それだけでも筆者のその場所への強い思いが伝わってくる答案といえよう。その意味で、当然小論文としても評価出来るのだ。





③の答案

 私の 部屋の窓には2つの大きな本棚が並べられてあり、どうしてか、その2つの本棚の間には微妙な隙き間がある。その隙き間は30㎝位だろうか、私が横向きにな ればちょうどすっぽりはいる程度である。いつの日からだろうか、その隙き間に入りこみ、少し窮屈な思いをしながら窓の外を眺めることが日常となった。
 
 私の 家は甲州街道沿いのマンションであり、街道の上を走る首都高速を真下に見下ろすことの出来る8階に住んでいる。自分の部屋はまさに首都高速に面しているた め、夜になると首都高速を走る乗用車やトラック、バイクの光が無数に行き来しているのが見える。そう、本棚の隙き間に挟まり、暗い部屋で一人眺めているの が好きなのである。
 時間 の流れや、日々の様々なことを忘れ、何も考えることなく、夜の光を眺め続ける。防音窓の向こうから微かに聞こえるエンジン音がヘッドライトともに近づいて くる。そしてそれにミスマッチでしかない書籍たちの匂い。少し窮屈だが、何故か妙に落ち着き、気持ちが安らぐのだ。ただ、向かいのマンションや、走る車の 中から、もしこちらを見ていたとしたら、さぞ不気味だろうとは思う。本棚の隙き間に挟まって横を向いたままじっと下を眺めている青年は、誰が見てもおかし いはずだ。それでも私自身、そう見られている自分が少し滑稽に感じられ、悪い気はしていないのだ。少しかわった趣味と思われるかもしれないが、自分の部屋 の隙き間が、私の好きな場所なのである。


2012年4月23日 (月)

新年度スタート

新年度の通常授業が始まって、一週間になる。すべての授業の第1講が終わり、新しい生徒たちみんなと顔をあわせたことになるわけだ。毎年毎年同じようなことの繰り返しではあるのだが、それでも気持ちを新たにして、やっていきたいと思う。

2012年2月 7日 (火)

2012小論文入門③

「私の好きな場所」というテーマに対する答案である。

 

 私の部屋の窓には2つの大きな本棚が並べられてあり、どうしてか、その2つの本棚の間には微妙な隙き間がある。その隙き間は30㎝位だろうか、私が横向きになればちょうどすっぽりはいる程度である。いつの日からだろうか、その隙き間に入りこみ、少し窮屈な思いをしながら窓の外を眺めることが日常となった。

 

 私の家は甲州街道沿いのマンションであり、街道の上を走る首都高速を真下に見下ろすことの出来る8階に住んでいる。自分の部屋はまさに首都高速に面しているため、夜になると首都高速を走る乗用車やトラック、バイクの光が無数に行き来しているのが見える。そう、本棚の隙き間に挟まり、暗い部屋で一人眺めているのが好きなのである。

 

 時間の流れや、日々の様々なことを忘れ、何も考えることなく、夜の光を眺め続ける。防音窓の向こうから微かに聞こえるエンジン音がヘッドライトともに近づいてくる。そしてそれにミスマッチでしかない書籍たちの匂い。少し窮屈だが、何故か妙に落ち着き、気持ちが安らぐのだ。ただ、向かいのマンションや、走る車の中から、もしこちらを見ていたとしたら、さぞ不気味だろうとは思う。本棚の隙き間に挟まって横を向いたままじっと下を眺めている青年は、誰が見てもおかしいはずだ。それでも私自身、そう見られている自分が少し滑稽に感じられ、悪い気はしていないのだ。少しかわった趣味と思われるかもしれないが、自分の部屋の隙き間が、私の好きな場所なのである。

 

 

 

どのように評価するだろうか(しないだろうか)?

2012年1月25日 (水)

2012小論文入門②

前回の二つの文章について。

まず、その1。色々な経験がたくさんあったので春が好きだ、ということが伝えたいのはわかる。だからこそ、あれこれと出来事を並べて書いたのだろう。ただ、この字数では、あれこれ書いてしまうと、ひとつひとつが薄っぺらな話しになってしまう可能性が高いが、本答案も、まさにそのようなものになってしまったようだ。ひとつひとつの事象は、あたかも春にありそうなことではあるのだが、誰にでも思いつくような事例に過ぎない。実際には体験していなくても、ありがちな一般論として語ることの出来るものでしかないのだ。これでは、書き手自身の、春を好きな度合いが伝わってこない。結果として、多くの人に、説得力に欠ける答案であると評価されるだろう。

一方、その2は、自分の子供の頃の体験にこだわって述べられている。また、その体験から、冬が自分にとってどのようなのであるのかということが、分析されていると言える。雪のやんだ朝という体験 → 冬は清潔、という話しは、書き手自身の問題意識が十分伝わってくるため、説得力のある文章であると思えるのだ。

両者を比較して言えることは、テーマを絞り、具体的な事例を取り上げ、分析、検証していくことが、少なくともなにかを伝達する上で、効果的なのだということだろう。もちろん、全ての文章についてそれがあてはまるわけではないが、一つの重要なポイントではあるはずだ。その1のような文章は、形式を整え、正しそうな意見を述べることが大切だと考えている人が書きそうなものではないか。そして、そう考える人は結構多いのではないか。僕も学生の頃はそうだったように思う。それはおそらく、表現のレベルでは、けっして悪いことではないのだろう。ただ、なにかを伝達するというレベルにおいては、不利になることが多いのではないかと思われるのだ。

2012年1月24日 (火)

2012小論文入門①

まず、第1回目だが、とりあえず以下の2つの文章を読んでもらいたい。

 

 

テーマ「私の好きな季節」

 

その1

 私の好きな季節は、春である。春は植物が芽吹く季節であるし、動物や昆虫も動き始める。暖かくなってくると、梅や桜の花が咲き、入学式を迎え、人々も新しいことを始めていく。また、出会いの季節でもある。だんだん暖かくなっていくだけでも嬉しいのだが、それはどうしてなのだろうか。皆がどことなくワクワクし、何かが始まっていく感じがするのだ。私はそんな春が好きなのである。

 しかし春は、出会いの季節であると同時に、別れの季節でもある。卒業、転校など、悲しい思い出もたくさんある季節なのだ。ただ、悲しい思い出があるからこそ、新しい出会いや、新しい出来事に期待することが出来るのではないだろうか。

 今年もまた、春がやって来る。今年はどんな良いことがあるのだろうか。どんな出会いがあるのか。楽しい思い出も、悲しい思い出も、いっぱい詰まっている春が、私の好きな季節なのである。

 

その2

 私の好きな季節は冬である。とくに、雪が降り積もった後の、晴れた朝が好きなのだ。

 幼い頃、正月の朝早くにひとり目覚めてしまい、ふと外に出た。昨夜からの雪はやみ、雲ひとつない晴れ上がった空の下、一面の雪景色の中、慣れ親しんだ街並が、全く異なったものに見えた。おそろしいくらいに静まり返っていたのだろう。屋根の雪がとけて落ち、それから排水溝を流れていく水の音だけが聞こえてきた。世界の何もかもが清潔に思えてならなかった。不思議と寒くはなかったように思う。

 今でも冬が近づくと、そのことを思い出すことがある。一般には、冷たく、暗く、悲しい、ネガティブなイメージの冬であるが、私は、冬の清潔さが好きなのである。私には、冬があらゆるものを清めていくような、むしろ明るい感覚があるが、それはあの思い出に起因するのかもしれない。

 

どちらが好きだろうか。面白いと感じるか。そして、どこを評価するか、しないのか、その根拠を考えてみて欲しい。私の考えは、次回。

2012年1月20日 (金)

2012年

去年はあまり更新出来なかったが、今年こそは、と思っている。そこで、これまでも、小論文入門について書いたことはあるが、あらためて書いていこうと思っている。出来るだけわかりやすいものを心掛けていきたい。

2011年11月21日 (月)

大リーグ

今年も日本シリーズが終わり、日々の試合に心を動かされることなく、くだらないストーブリーグなるものに関心を抱かざるを得ない季節になってしまった。今回は、主力選手の大リーグへの流出という問題について考えたいと思う。たしかに、野茂をはじめに、イチロー、松井、松坂といった、所謂イイ選手が、大リーグのチームに移籍するということは問題なのかもしれない。しかし、そうした選手達は本当にイイ選手なのだろうか。それで本当に日本の野球が低迷するのか。

ありきたりな小論文指導から生まれる、おきまりの問題提示をしてしまったことには全く省みることなく話を進めたい。

まず、大リーグ移籍には9年かかる。高卒でも27歳でやっと移籍ということになる。移籍には、ある程度の活躍と成績を残す必要があるため、概ね30歳前後ということになろう。先ほど取り上げた超一流選手は、突出した成績を残して、鳴り物入りでメジャーに行ったわけだが、僕としては、彼らは十分楽しませてくれたので、もういんじゃないかという気持ちになっている。一人の選手が一番輝く時代は超一流になるまでの過程であり、その後、続けて活躍したとしても、輝いた星の燃えかすを見守るということになるのではあるまいか。燃えかすを大リーグに差し上げたと思えばよいのである。超一流選手がいなくなれば、若手が台頭しやすくなるし、チームの新しい戦い方について、ファンはまた夢中になれる。

また、超一流の選手は、僕にとっては、そもそもあまり魅了がない場合が多い。主力選手の派手なパフォーマンスはおもしろいものではあるが、そこに依存しているチームの戦い方は、大抵つまらないものである。なにげない守備や走塁の高度な技術、そして記録に現れないようなプレーにこそ、プロ野球の凄みを感じる。そしてそうしたプレーの出来る選手というのは、概ね芽が出るまでに時間がかかるものである。彼らに大リーグからお声がかかることはほとんどない。ドラゴンズの井端、荒木の二遊間、1,2番コンビが、来季大リーグに、という事態が恒常化しないかぎり、僕は、僕の好きな野球を楽しみ続けることが出来るのである。

たとえば、今年ヤクルトから青木が抜ければ、戦力的には大きな問題である。しかし、田中浩康の3割越え、ベテラン福地の錆び付かない足、森岡の守備、畠山の頭の悪さに加え、不可解なバレンティン、そしてなにより若い投手陣など、来季もその魅力が薄れることなど考えられない。チームの顔は必要ではあるが、顔に頼っているチームは、所詮それだけのものにすぎないのだ。タイガースファンである僕ですらそう考えているのだから、いわんやヤクルトファンをや、であろう。

大リーグへの主力選手の流出の結果、アメリカの頭の悪い野球ファン(これは当然尊敬の意味も含んでいる)にも、日本の野球ファンである僕にも、それ相応の選手があてがわれ、日米双方がよかったねということになればそれで良いということにはなるまいか。

2011年11月14日 (月)

追い込みの時期

推薦・AO入試も、そろそろピークを越えたようだ。生徒たちは、個別指導を終えて、ちらほら合否の報告に来るようになった。とはいえ、いくつかの大学は、まだまだこれから出願というところもあり、駆け込み指導も含めて、もう少し仕事は続くようだ。

さて、今年度の推薦・AO入試で気がついたのは、出願期間、試験日程が前後に伸びたということだ。8月中しに出願し、9月の早い時期に決まってしまう人が増えたように思う。また、11月のこの時期になっても、まだ新規申し込みがあることを考えると、やはり前後に伸びたなあと感じるわけだ。生徒としては、選択肢が広がるという意味で、有利になったとは言えるのだが、一般入試への切り替えが遅くなるという欠点もあるだろう。尤も、しっかりと戦略が立てられている人にとっては、何の影響もないのだろうが、多くの悩める受験生には、悩ましい要素が増えることになるのではないか。それは少々不安ではある。


2011年10月 6日 (木)

日記的な独り言

なぜだかいつも雨が降っているような気がする東京から見て総武線の最果ての少し手前にある校舎に今まさに向かっている僕の目の前にはたしかに見覚えのあるテキストを真剣な顔をして見つめていた青年がこちらを見つめているようなそんな気がするのだ。

2011年9月15日 (木)

二学期だ

ブログを更新しないままで、かなりの時間が経ってしまったようだ。気がつけば、二学期に突入していた。二学期は、通常講義に加え、個別指導を行っている。もっとも、一学期の途中、六月終わりくらいから個別指導は始まっているのだが、圧倒的に受講人数が増えるのは、九月半ばからだ。例年、述べ五十人位の生徒を指導するのだが、今年も同じ位の人数になりそうな感じがしてきた。つまり、新規受講生が増えてきていて、予定が埋まってきていることから生じる予感とでもいうものがある、ということだ。たくさんの生徒に受講してもらうのは結構なことだし、ありがたいことであるのだが、忙しくて雑な指導にならないようにしなければなるまい。

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